「第3の場所」が僕にわたしに、教えてくれたもの -3
第三章:つながり始めるソトとナカ! 第3の場所から学ぶ

まつひろ,川合良典,TEAM 3rd-place

仕事に追われ、転職希望だった開発職の青年Aさん。小さなきっかけをつかんだことから変化の波に乗り始め、「新しい視点」を手に入れました。そこから新たな世界に向かって歩みだす成長の物語。
いよいよ最終章の始まりです。

これまでの記事はこちら

第一章:開発技術者Aさんの場合

第二章:変化の波がやってきた!

会社の上司に報告?

【Aさん】
「社内イベントで、組込み系技術者イベントでの活動経験を語る機会があったんです。実はイベントに参加することになった当初から、会社の上司には活動のことを伝えていたんです。最初に社外活動の参加を促してくれた先輩から、どんな取り組みをしているかちゃんと社内に共有しておけよ、というアドバイスを受けたからです。協賛金がほしかったという、ちゃっかりした理由もありましたが(笑)。社外活動への参加で得たものはたくさんありましたから、せっかく得た経験と知識を職場に取り入れていきたいと思うようになりました」



dsb_1_2_1856_732.png

このころにはもう30代半ばに差し掛かっていたAさん。イベントの委員長を数年間にわたり務めるなど、社外活動はAさんのライフワークとして根付いていました。キャリアカウンセリングに関するトレーニングを本格的に学ぶなど、チームを組んでプロジェクトを達成するための自己研鑽も続いていたといいます。

そんな折、参加イベントの中で触れる機会のあった、とあるオープンソースソフトウェア(OSS)に可能性を感じ、開発に参加したいとの思いを募らせていきました。



【Aさん】
「ある年に参加した組込み系イベントで、とある出会いがきっかけとなり、OSSの開発に参加しないかとの話が持ち込まれてきました。OSSには可能性を感じていたので、喜んで参加することにしました。実際のところ、やりたいこともやるべきことも山のようにあったので、時間の捻出は大変でしたが、それでもなんとかして取り組みたいと思えるテーマだったんです」



OSS開発への参加をきっかけに、このテーマを社内の業務に活かす決断をしました。

ソトからナカへ・・・?

【Aさん】
「OSS開発を社内の業務として取り組めるようにしようと決めました。最初はスモールスタートで活動を始めて、ある程度のレベルまで達するところまでは、独力で頑張りました。小さくても実績として形にすることで、熱意を汲んでもらうことができます。社内でOSS開発の可能性を徐々に認めてもらえるようになり、じわじわと肯定的なメンバーが増えていきました。結果、OSS開発の企画が承認され、社内業務として実現することができました。試したかったことが社内のお仕事として正式に導入できたことで、これまでにないやりがいを感じることができました。



dsb_2_1492_732.png



私の場合、会社の外に行くことで、モチベーションや意識を高くもっている人たちと出会うことができました。第三の場である社外で活動すると、貴重な出会いに、割とスムーズに巡り合うことができます。私にとっての社外活動は居心地がいい環境でした。そこで得た出会い、課題をモチベーションにして、新しい経験やスキルを身に着けることができました。そして、これらの活動を社内に取り込みたいとの思いにいたりました。まあ、社内に取り込むのが大変なんですが(笑)。実際、社外活動から得られた施策などをうまく社内に適用できるケースは少ないと思います」



会社を巻き込まないと、本当にやりたいことを突き詰めることはできないとAさんは考えました。OSS開発は、社外活動で得た大きなテーマとして、Aさんの中で育っていたようです。

dsb_3_2000_910.png

大切なテーマに「会社を巻き込む」?

【Aさん】
「OSSの開発に関しては、お仕事としてNPOや自治体から仕事を受けたいという思いがあったので、社内に取り込む努力をしました。社内として売り上げが立てば、プロジェクトとして成立しますから。他業務の作業負荷を調整し、プロジェクトメンバーを正式にアサインしてもらうためには、会社の承認が不可欠です。そのためには、普段の仕事で手を抜かないことが大事です。ときどき文句は言いますけど(笑)。熱意が伝われば、協力者は集まってくる。まさに日頃の行いが大事です。

プロジェクトを構築していくのに、心理学を学んだことは大きな助けとなりました。小さなプロジェクトを大きく育てていくためには、肯定的な人から巻き込むのは必須だと思います」



仕事や私生活で悩みを抱えていたAさんは、ひょんなことから参加した社外活動に、職場でも家庭でもない"第三の場"を見つけることができました。"組込みソフトウェア開発の技術者"という確固たる軸を持っていたAさんは、結果としてプライベートでの社外活動と、職場の業務を結びつけることができました。

スキルアップは誰のため?何のため?

【Aさん】
「スキルアップは会社のためではなく、自分自身のためにやることです。私の場合は結果として、会社への貢献度が上がったというだけの話です。仕事から得る気づき、趣味から得る気づき、友人・家族から学ぶこと、同僚から学ぶこと。それぞれ得た場所や相手は違いますが、それらの出会いは全部、自分を形成する要素だと思います。仕事・プライベートで切り分けが必要なこともあると思いますが、全てを切り離す必要はないとも思っています。日中起きている時間の大半は仕事に費やしているのも事実です。収入を得るための活動と割り切ってしまうのは、なんだかもったいない。仕事で得た知識や技術をもとにプライベートでの活動を充実させ、プライベートで参加した社外活動で得た気付きや出会いとチャンスを、仕事に還元する――こんな生き方もいいんじゃないかと思います。どんなテーマでもいいので、社外での活動の場を作り、ゆくゆくはそのモチベーションを仕事に生かすことを、後に続く若手たちには伝えていきたいと思っています」



matome1.png

みなさんは「計画的偶発性理論」をご存知でしょうか?キャリア開発の分野で提唱されている考え方のひとつです。

何やら難しい理論のように思われるかも知れませんが、私の解釈で簡潔に表現すると、以下のような考え方になります。

「チャンスを自ら意図的に掴むのは難しい。でも、チャンスが訪れるかもしれない場所にスタンバイすることは容易である」

Aさんが先輩に勧められて合宿に参加したとき、この行動をきっかけにして某協会に寄稿したり、OSSの開発に参加することになるとは微塵も予想していませんでした。

偶然、良い縁に恵まれて、それが積み重なっただけと言ってしまえばそれまでですが、Aさんの行動を紐解くと、「計画的偶発性理論」で重要とされる要素が隠れていることがわかります。

matome2.png

「計画的偶発性理論」とは?

先輩から勧められたとはいえ、当時の状況から、Aさんには参加できないと言って断るための理由はいくらでもありました。それでもAさんを動かしたのは、持ち前の好奇心冒険心だったのではないかと考えられます。
技術者としてのスキルアップに留まらず、チームビルディング、心理学へと学びの場所を拡げていく際にも、これらが作用していたのではないでしょうか。

加えて、最初の合宿参加時に無茶ぶりを受け入れたことから、Aさんの楽観性もうかがえます。

「本番までの残された期間で、可能な限り準備をすれば何とかなるだろう」 当時のAさんは、そのように考えていたそうです。 楽観性も度が過ぎれば「無謀」になりますが、Aさんの場合、「期間」と「準備」が前提となっている点から、慎重さも垣間見えますね。

最初のチャレンジが成功体験になったAさんは、その後も委員として活動します。Aさんの勤める会社内には社外活動をしたことがないにも関わらず否定的な人もいて、Aさんはそのような人が認めざるを得ないような成果に繋がるまで、継続するつもりだったといいます。 Aさんの場合、持続性がもともと備わっていたか定かではありませんが、置かれている環境も影響を与えていたと考えられます。

最後に柔軟性です。これまでのエピソードで柔軟性を裏付ける場面はなかったかもしれませんが、柔軟性は常に発揮されていたように思われます。 社外活動を通して出会う人々は、モノづくりの業界における先輩であり人生の先輩でもある人が大半だったため、自身の理想や考え方と異なる場合も、Aさんは肯定的に捉えていたそうです。むしろ異なる場合のほうが気づきも多かったとAさんは振り返ります。 心理学に触れてからは、より一層、異なる価値観や考え方を受け入れやすくなったとのこと。

Aさんは、計画的偶発性理論に基づいて社外活動を実践していたわけではありませんが、あらかじめこのような特性を意識して日々行動していれば、より豊かな人生を過ごせるかもしれませんね。

「第3の場所」との出会いから始まる

第一章からここまで読んで下さった方は、何となくお気づきではないでしょうか。 この連載のタイトルでもある「第3の場所」とは、家庭でも職場でもない自分の居場所を指しています。「サード・プレイス」であれば聞き馴染みがあるかもしれません。

ストレスフリーな場所ということで、カフェや公園などを思い浮かべる方もいると思いますが、「第3の場所」とは、物理的な場所を指すだけではなく、社会的な立場や家庭での役割などからも解放されて活動できる場所という意味合いもあります。

Aさんにとっては、上司でも部下でもないフラットな関係で様々な人たちとモノづくり業界について語り合えるワークショップの運営や、そこから広がった別ジャンルのコミュニティでの活動が、新しい価値観や考え方に触れられる第3の場所になりました。

「第3の場所」は、人それぞれ異なります。仕事には全く関係のない趣味での繋がりや、バーや居酒屋の常連としての繋がりなども、「第3の場所」になる可能性を秘めています。

もし、今まで興味はあったけれど始められなかったこと、気になっていたけど足を運べていなかった場所などがあれば、この機会に一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。

(終)

1_6_2000_489.png

第一章:開発技術者Aさんの場合

第二章:変化の波がやってきた!

【キャリア開発:参考図書】

「その幸運は偶然ではないんです!」
J.D.クランボルツ, A.S.レヴィン(著)
ダイヤモンド社(2005/11/18)

「クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方」
海老原 嗣生(著)
星海社(2017/4/26)